WHITE and RED-シロトアカ-
 思えば思うほど、その思いは足枷のように、重く、貴方に伸し掛る。それを知りながら俺は、そこから貴方を引き摺り出す事もないままで、溺れる貴方に手を差し出して、自らその身を貴方に、委ねる。
 溺れた二人は海の底、光り照る水面を遠く遠く見送りながら、深海のベッドへと沈み込んで行く。


     *


一.宮地清志

 何度言っても、本気にしようとしないコイツに俺は、六十回は優に超える「好きだ」を落とした筈だ。別に、下らない同情心で「コイツを思って」言ったとか、そんな話ではない。素直に俺は、コイツに惹かれていたのだから、六十回だって百回だって、何度だって言ってやるつもりだった。
 確かに、初めこそ哀れみのような押し付けがましい感情が入り交じっていたかもしれない。しかし確かに俺は少しずつ、お前に歩み寄っていき、俺の傍に確かに触れたお前のそのか細い腕を、力づくで握りしめ、抱き寄せた。それは、半年程前の事。
 その時はまだ、こんな事になるなんて想像すらつかなかった。男同士だというハンデこそ付きまとえども、人様と変わらない、ちょっとアウトローな恋人同士の日常を送る。土日は一緒にいられたらとか、そのうち一緒に暮らせたらとか、そんな呑気な想像しかしていなかったのだから、この状況を飲み込むのには少々骨がいるだろう。

 どうなってるんだ……。


    *


 アイツが大学に入学して然程日が経っていない頃だったと記憶している。研究室のゴタゴタで軽い鬱と不眠症を患った俺は、心療内科で薬を処方されていた。その待合室で、俺とアイツは再会したんだ。

「あれ、宮地さんじゃないですか?」
 手にしていたスポーツ雑誌から視線を向ければ、そこに立つのは灰色がかった髪をした背の高い男と、一回り小さい栗毛の男が一人。
「あ、若松だ」
 チッす、と軽く会釈する隣で狭い檻に入れられた犬みたいに不安げな表情を滲ませる桜井は、酷く怯えた様子でこちらに視線を送っている。
「と、桜井か。久しぶりだな」
 ウィンターカップで引退して以来、顔を合わせていなかった。思いもしない再会だ。若松は桜井を促して診察券を出させると、すぐこちらへ引き返し、俺の隣に腰掛けた。
「宮地さん、こんなところで何してんですか? ってこんな事聞いたらまずいか……」
 くしゃと髪を掻いた若松に「別に」と飛ばし、雑誌を乱雑に閉じる。
「不眠症でさ。薬貰ってんだ。お前らは? てか二人して何だ?」
 こちらこそ、心療内科に来院する理由を訊くなど失礼に当る事は承知なのだが、無礼にも相手が訊ねた事によりハードルが偉く下がったのだ。
「俺は付き添いで。コイツがちょっと」
 開いた膝の間に頭ごと突っ込むぐらいの勢いで頭をもたげた桜井は、こちらの話など耳に入らない様子だ。若松に先を促すと刹那、診察室から声が掛かった。先を促す言葉を飲み下す。
「悪ぃ、続きは後で」
 ヒラリあげた右手をそのままドアノブに掛けると診察室に入る。静謐な診察室で型通りの診察を受けると、待合室へ戻った。相変わらず、桜井は頭を垂れたまま微動だにしない。
「桜井様、桜井良様。四番診察室へお入りください」
 ロケットダッシュの如く物凄い勢いで立ち上がった桜井は、立ち上がりかけた若松を「いいです」と手で制すると、一人で診察室へ向かった。
「俺が病院に連絡したんです。付き添いに来るように言われたんスけど、いいのかな、診察室までついて行かなくて」
「必要ならすぐ呼ばれんだろ」
 不安げに頷く若松は、再び髪をくしゃりと握ると溜息交じりに口を開いた。
「宮地さん、性依存症って、知ってます?」
「性? 依存症? 知らねぇなぁ。何それ」
 暫く逡巡した様子の若松だったが、何かを決したように言葉をこぼし始める。
 性依存症とはつまり、セックスに依存した状態だそうだ。桜井は大学に入学してから急にそういった兆候が出てきて、その場限りの相手や交友関係にある青峰や桃井、果ては若松や今吉にまで、関係を迫るようになったそうだ。一般的な原因は、幼い頃の心の傷だと言われているが、実際彼にそれが当てはまるのかどうか、それは今後の診察で明らかになるようだ。
「別に、二者の間に愛だの恋だのがなくてもいいらしいんですよ、ってか無いんですよね。とにかくヤる事で人とつながる感覚を得るみたいですよ」
 隣で項垂れていた可愛らしい小動物みたいな彼からは想像もつかない豹変ぶりに、ただただ驚きを隠せず、阿呆みたいに口を開いていると、診察室から若松に声がかかった。
「じゃぁまた」
「あぁ。お大事に」

(サンプルです)