照れ隠しだっての
「お前とさぁ、こうして別れ際にすんの、腰痛い」
そう言って大袈裟に腰を伸ばすと、少し悲しげな色を瞳に溜め込んだ桜井は、「スイマセン」いつものアイデンティティを発揮する。
「謝ったってどーにもなんねーよ。じゃな」
二人の分岐の銀杏の木の下、ひらり手を上げた俺は桜井を一瞥すると、自宅のある国道方向へと歩を進めた。数歩歩けば響く、不安げでしかし強い意思も感じる独特の、声。
「いつか、絶対に、宮地さんに追いついて見せるから!宮地さんがラクにチュウできるように、しますから!」
そんな非現実的な言葉を聞けば俺はふいと吹き出す。腰が痛いなんて、ただの照れ隠しだってのに。あいつは何にだって真剣で。
背の後ろに向かい声を飛ばす。
「期待してるぜ、チビ」
視線の奥の国道を、バスが通り過ぎた。桜井の表情なんて窺い知れない。きっと、悔しそうにするでも、勝ち誇ってもいない、本当にどうにかしようと、策を練ってるに違いない。
何にだって全力で、気を抜くことを知らないあいつが、俺は好きなのかもしれない。

***

バイトの帰りが遅い日でも、必ず店の裏で桜井が座って待っている。
バックヤードから出てきた俺を、大木でも見るように、見上げるんだ。
「おかえりなさい」
それから桜井の自宅近くの大銀杏の下で座り込み、取り留めもない話をしばらくして、どちらともなく立ち上がるとそっと、二人は距離を無くす。
「待って、宮地さん」
そう言って、ショルダーバッグの中に片手を突っ込み漁り出す。菓子でも作ってきたのかと、覗き込めばそこに、薄紅色のエナメル。
「これ」
誇らしげに宙に掲げたそれを、一旦しゃがんで地面に置くと、行儀良く平行に揃うそれに、サンダルから外した足を差し入れる。
「こうすれば、宮地さんの腰も痛くからないかな、って思ったのに、あれ......」
寸足らずのハイヒールで桜井のかかとは更に浮き上がる。僅かに浮いた彼の双眸を、慣れない顔つきで見つめれば、桜井だって困った顔で、珍しく俺を見下ろしている。
「スイマセン、ちゃんと身長差考えて買ったのに、スイマセン、スイマセン」
涙目と言っても過言ではないほどに潤みをはらんだ二つの瞳に、親指を滑らせ、水膜を拭う。
「お前が大きくなったって、変わんねぇんだよ、バカ」
大好きだから、お前が小さくたって大きくなったって、ハイヒールをはいたって。
「お前とだと、腰、痛えって」
「えぇー、まだ駄目ですか?」
全部照れ隠しだって事は、変わらねぇよ。