ルームシェアフレンズ
8.

「何で俺なのだよ」
「だぁってぇ、真ちゃんしか頼れる人いないしー」
 アームチェアに深く腰掛けた緑間は、アンダーフレームをくいと上げつつ高尾を見遣った。開け放った窓から流入する外気が、思いの外生ぬるく、肌に纏わる感触に顔を顰める。
「宮地さんはどうしたのだよ」
 バツが悪そうな表情で視線を落とす高尾に、更に追う。
「知らないとでも思っているのか、馬鹿め」
 毛足の長い緑色のラグの上、大の字に寝転んだ高尾は、天井目掛けて言葉を飛ばした。
「真ちゃんって、結構そういうところ、見てんのなー。油断できないっつーか、マジエース様スゲー」
「茶化すな、高尾」
 ぎし、と音を立てて立ち上がり、本棚に立てかけてある写真立てを手にすると、再び音を立てて椅子へ腰掛けた。
「このウィンターカップの写真も、それから卒業の時に撮った写真も、どの写真もお前とあの人は隣で笑っている事ぐらい、馬鹿でも気付くのだよ」
「あ、無意識だったわそれ」
 覗きこめば、まだ関係を持っていない頃の二人が、肩を組み白い歯をむき出してレンズ越しに笑顔を向けていた。眺めている最中に緑間が本棚から取り出したポケットアルバムを捲ると、二人が写るほぼ全ての写真で、高尾は彼と隣り合っていた。
「それで? なぜ宮地さんから離れる」
 緑間にアルバムを手渡すと、再びラグに寝転ぶ。夏になるのにこの暑苦しいラグはないだろう、そんな場違いな思考が邪魔をする。
「なんだっけ? あ、宮地さんね」
 高尾が口を閉ざせば、早すぎる夏虫が奏でる音が耳に届く。しんと静まった部屋で、緑間は高尾が口を開くのを、腕組みをして待った。
「何で、って言われると俺も良く分かんねぇっつーか、ただのきったない嫉妬? かもしんねぇし」
「嫉妬?」
 すっと上半身を起こすと、緑間に向かって言い訳がましく飛ばした。
「だって、俺の事なんてこれっぽっちも思ってくれないんだぜ? 俺がどんなに宮地さんに入れ込んでも、宮地さんは簡単にそっぽ向いちまうんだよ」
「それは宮地さんのせいではないのだよ」
「は?」
 組んだ腕を再度組み直すと、やや首を持ち上げて空間に視線を遣る。それから何かを決意したように一つ咳払いをすると、緑間は語った。
「お前が入れ込んだって宮地さんは知った事ではないだろう。一方的に高尾が彼に惚れているだけの事だ。本当に振り向いて欲しければ、人事を尽くせ。どうせお前の事だ、何でもかんでもおちゃらけて本音をうまくカモフラージュしているのだろう」
 テーブルにあるエアコンのリモコンを指先でいじりながら、緑間の言葉を脳内で反芻する。確かに、一方的に好きだと告げるだけでは、いくら待っても振り向いてはくれない。それに、セックスしながら好きだと言ったところで、本気になんてされっこないのだ。不満を正直に口にすることもせず、ただ駄々っ子のように不貞腐れるだけの人間に、振り向いてくれる筈がない。高尾は「んー」と言葉にならない唸りを発し、徐ろに立ち上がる。
「真ちゃん、サンキューな。何か、短時間で色々見えてきた気がする」
「まぁ、俺は好いた惚れたの話には興味が無い。ただ、こんな下らない事で家の中の空気が乱れたら困るのだよ。あとは勝手にやれ」
 椅子から立ち上がった緑間に、高尾は一歩近づく。宮地と変わらぬ背格好の彼を目の前に俄に心臓を高めながら、高尾は少し背伸びをした。
「サンキュ、真ちゃん」
 大きく開いた首周りにすっと唇を寄せる。
「な! 何をするのだよ! 高尾、今すぐここを殺菌しろ!!」


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