ルームシェアフレンズ
7.

「みーやーじーさん」
「何だ、早ぇなぁ」
 時間よりも10分は早く、ドア越しに高尾の声を聴く。ドアノブを押した彼は首だけを隙間から突っ込むと室内をぐるり見渡し、それから足を踏み入れた。
「誰も居ねぇよ」
「そっすか、安心」
 資料やプリントの合間を飛ぶように移動しベッドに突っ伏すと、くぐもった声で呟くみたいに言う。
「宮地さん、たまには俺とデートしてくださいよー」
 デスクチェアに膝を抱えて座る宮地は、「別にいいけど」と投げ、机を突いてぐるりと回転した。蜂蜜色が一瞬、ふわりと広がるのを高尾は、うつ伏せた顔の端で捉えていた。
「マジ綺麗。宮地さん、マジ綺麗」
「やめろ、気持ち悪ぃ」
 ごろり横臥すると高尾は顔の側に置いた手帳を開き、指を這わす。そこに見つけた空欄の数字を確認し、飛ばした。
「10日の夜はどうすか?」
「ごめん、その日研究室の会合」
「んあー」
 長い脚を机に放ると、その先にある卓上カレンダーに視線を遣る。考査が近い高尾の都合とは尽く合わず、結局1ヶ月も先になってしまった。
 納得出来ないといった態で顔を膨らます高尾はなかなか可愛らしい。宮地はその様を椅子の上からしばし眺めていた。
 つと、ドアがノックされる。
「おぉ、入れ」
 お邪魔しますという声と、蝶番の軋む音が同期すれば、高尾の頬は更に膨れがる。
ー可愛い奴め。
 高尾がしたように飛び石を踏むようにベッドに辿り着いた桜井は、高尾に「ども」と笑みを飛ばすと、隣に腰掛けた。

「考査に出る問題なんてこの程度だから。俺に教えを請うておいて考査赤だったら殺すからな」
「はーい」
「へいへい」
 パタンと分厚い資料を閉じる音ののち、桜井が「あ」とその音に被せる。
「あの、宮地さん、車来たんですよね? 今度乗せてもらえま......すいません!すいません!ボクみたいな塵埃がすいません!」
 刹那、脳裏をよぎった思考は、宮地が当たり前のように考えていた助手席像で、それとは異なる結果になる事に、俄に罪悪感を持つ。しかし、断る理由はない。
「別にいいぞ。いつがいい?」
 隣で、隠すこと無く不満顔をみせる高尾は、その不満の行き場をなくして動けずにいた。3日後に決定した宮地と桜井のドライブデートには全く納得がいかない顔で、対して満足気に笑みながら部屋を後にする桜井に、嫉妬ばかりの視線を飛ばしていた。
「何でですか、宮地さん。どーして俺じゃなくて桜井が先なんですか」
 ペン立てに伸ばす手を瞬間止め、高尾を見遣る。
「何でって、先に予定がかち合ったのが桜井だからだろ?」
 立ててあった小さなカレンダーに、桜井の名を記入した。
「だって、俺が一番初めが良かったんですもん」
「は? 子供かよ。いつ乗っても同じだろ?」
 僅かに冷たさを乗せた視線を向ければ、下唇が真っ白になるぐらいに噛みしめる高尾の顔に辿り着く。
「そんな顔すんなってぇ」
 書類の海をかき分けて、ベッドに両腕を突くと、そのまま顔を伸ばして高尾の唇に吸い付いた。と、思いがけず肩に充てがわれた手の平に、強い圧を掛けられ、体勢を崩した。突き飛ばされたのだ。
「そうやって誤魔化すのやめてください」
「何で怒ってんの」
 俯く高尾の顔を覗き込むが、すぐに顔を背けられてしまう。怒らせた。僅かな危機感に、心臓の奥がズキンと痛むのを感じた。この感覚は、何なのだろう。
「高尾?」
「俺、次から真ちゃんに勉強教わりますから」
 そう行って立ち上がった高尾の目頭に、安い蛍光灯の光が反射していた。


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