ルームシェアフレンズ
6.

「宮地さん、ちょっと!」
 水色のドアをノックする高尾は、多少乱暴な声音で主を呼ぶ。
「鍵、開いてんぞ」
 金属が触れる音と共に、合コン帰りの高尾が声音に似つかわしい足音で寄ってきた。顔に浮かぶのは、怒りなのか、何なのか、宮地は図りかねていた。
「さっき見ちゃいましたよ。桜井の部屋に行ってましたよね?」
「お、おぉ。勉強教えてくれって、例の」
 大仰な溜息とともにその場に座り込むと、高尾の黒い髪はすっと縦に揺れる。その隙から見え隠れえする鋭い視線は、全てを見通しているように、宮地には見えるのだった。
「で、勉強の他には何を教えてきたんですか?」
 いくらでも逃げ道は見つけられる状況であるにも関わらず、脳は正直に答えようと言葉を作る。正直に答えれば高尾が傷つくかもしれない。嫉妬するかもしれない。しかし、そうなってくれと願う自分がどこかにいる事に、宮地は気付き始めていた。
「逆に色々教えてもらったよ」
「例えば」
「あいつ、すげぇんだよ。アマゾンでバイブとか買いまくってた」
 刹那、両の手で顔を覆った高尾は、その姿勢のまま「あー」と無意味な低音を漏らすと、吐き捨てるように言う。
「桜井ともセフレになったんすか」
「いや、別にそういう肩書はねぇよ。面倒くせぇ」
 暫く顔を覆ったままでいた高尾は、どこかを温めるかのような濃厚な溜息を吐出すると立ち上がり、ドアに向かった。
「宮地さん、俺、恋人になれませんか?」
 振り向きざまにそんなことを言えば、大して取り合う気もない声で「そういうの、なし」と言い放つ。片手で目のあたりを押さえた高尾は、泣いているように見えた。
「お前だって合コンでネェちゃんといいコトしてきたんじゃねぇの?」
「宮地さんのバーカ!」

 大ぶりの頭がついた鍵を、光に翳すようにして揺らしてみる。ずっと待ち望んでいたものが、手に入った瞬間、一番手で助手席に乗せるのは誰になるか、想像していた。それは宮地の中では当たり前の想像で、それを口にする事で相手が喜ぶことは容易に想像できる事だった。
「宮地さん、見ましたよ。車。綺麗な青ですね」
 ソファに身を沈めると緑間は、二人分のカフェオレをガラステーブルへ置いた。
「免許とってからずっと欲しかったからな。中古とはいえ嬉しいもんだな。今度みんなでどっか行きてぇな」
 いいですね、微笑混じりに緑間はカフェオレを口にし、マグカップから離した手の平をこめかみへと移動させた。
「どうした、頭痛か? まさか生理痛?」
「ありえないのだよ」
 僅かに震え気味の怒り声に、宮地はからりと笑ってみせる。
「もうすぐ学科の考査なので、ちょっと根詰め過ぎたみたいです」
「あぁ、そんな時期か」
 桜井と高尾が同時期に生化学の教えを請いに来た理由はこれだったのかと思い至る。面白半分に、二人に同じ時間を指定した宮地は、密かにその時間、今夜を楽しみにしている。
「緑間お前、勉強は相当デキる方だよな?」
「いや、そう言われると自分ではどうも言えないんですが」
 だよなぁ、苦笑すれば緑間はやや頬を朱に染めて俯く。然れども彼が学業優秀な事は高校時代から承知済みだ。
「高尾はお前と仲がいいんだから、お前に教えを請えばいいのになぁ」
 それを耳にすると、苦々しい顔で「どうですかね」と零した。
「俺じゃなくて、宮地さんがいいっていう理由が、何かあるのではないですか?」
「何だそりゃ」
 薄々勘付いている高尾の宮地に対する感情に、見て見ぬふりを決め込んで、少し温度を失ったカフェオレを口にした。


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