ルームシェアフレンズ
3.

 カツン、ガラステーブルに物を置く音に顔を上げれば、桜井がコーヒーを手に微笑んでいる。自分の手前にも同じくマグカップを置くと、「月バスですか」と首を傾げる。
「おぉ、先月号まだ読んでなくってよ。桜井は? 読んだ?」
 表紙を覗きこむようにした桜井は首を振る。
「何か最近いそがしくって、って宮地さんの方が忙しいですよねっ、すいません! すいません!」
「んなことねぇだろ。桜井だってアマゾン漁りに忙しいんだろ?」
 片眉を挙げてみせれば、急に縮こまった桜井は苦虫を噛み潰したような顔をした。目の前に出されたマグカップを手に取り、ふう、と息を吹きかける。芳しい香りが目の前に拡散していくのが目に見える気がして暫く、じぃと空気を見送った。
「あの、宮地さん。折り入ってお話が......すいません!」
「言う前から謝るなよ、訳わかんねぇよ轢くぞ」
「すいません!」
 まるで親に叱られている子供みたいに身を竦めると桜井は、頭を抱えたその手からちらり、宮地を見遣る。その視線があまりにもあざとく妖艶で、宮地の心臓はひと跳ねした。

 桜井の部屋は想像通り綺麗に片付いていて、宮地や緑間のような身長の者でも、どこにでも足を伸ばせる余裕を兼ね備えていた。ぐるり見渡した宮地は関心した様子で、棚に並ぶ漫画雑誌を眺めている。
「すっげぇな、いっぱい持ってんな」
「すいません! 漫画しか無くてすいません!」
 宮地の苦笑を感じ取った桜井は、視線をかち合わせると、ふわりと笑んだ。スプリングが強いベッドに腰掛ければ桜井は、言いにくそうに「あの」と零しながら、逆向きにした机の椅子に跨った。
「高尾くんに勉強教えてますよね? 実はボクも......その ......教えて欲しいとか......厚かましいこと言ってすいません! ダメですよね、ボクみたいな落ちこぼれを相手にしてたらみなさんのペースを乱しちゃいますし、ボクみたいな世間に必要とされてない人間が皆さんと関わったら皆さんをダメにしちゃうし、カビはカビなりの生活っていうかなんt」
「落ち着け」
 項垂れたまま暴走する桜井を制し、宮地は頭を巡らせる。
 勉強を教える度に高尾とセックスをしている。桜井も一緒に教える事になれば、きっとその間隔は半分かそれに近い形となり、高尾の宮地に対する執着は軽くなるかもしれない。執着されたところで、宮地は応えられる度量がないのだからと思い至る。
「よし、じゃぁ二人で時間決めて、適当に部屋まで来い」
「へ? 何で二人なんですか? 二人一緒なんですか? ボク一人がいいんだもん!」
 突如の駄々っ子振りに瞠目する。それを目にした桜井は「すいません!」とものすごい速さで腰を折った。

 結局、高尾と桜井を一手に面倒を見るのか、そうでないのかはあやふやなまま、月バスを置いたままのリビングへと足を向けた。

next page