ルームシェアフレンズ
21.

「あれ、桜井は?」
「そういえば起きてこないのだよ」
 桜井の部屋のドアへと視線をやった宮地は、何となしに戻した視線が、高尾のそれとかち合った。
「呼んで、くるか」
 立ち上がり、スリッパを鳴らしてドアの前に立てば、宮地の部屋とは色違いの木製ドアをノックする。
「桜井? 遅刻すっぞ」
 中からモゾとした音が漏れ、続いて唸り声。
「開けるぞ」
 香ばしいパンの匂いとともに部屋に飛び込んだ宮地は、ベッドに横たわる桜井に駆け寄った。
「お前、顔真っ赤だぞ」
「はい、何か熱っぽくて」
 首筋に手を這わせると、自らと比較せずとも異常な熱感に行き当たる。
「すっげぇ熱。待ってろ、水持ってくるから」
 すいません、零す声は少し掠れていた。引き返した宮地を高尾が呼び止める。
「どーしたんすか?」
「何か、すっげぇ熱が出てる。あ、飯食ってていいぞ。俺、今日講義ないし」
 冷蔵庫の中段から、買い置いてあったスポーツドリンクを手に取ると、テーブルのアイスコーヒーに一口つけてから桜井の部屋へと戻った。
「スポドリ、ここ置くぞ」
「すいません」
 フローリングに膝をつき、ベッドに横臥する桜井の様子を伺う。湯気が出そうに上気した頬のすぐ上、潤みを保つ瞳はじっと宮地を見据えている。すっと視線を外すと同時、ベッドに置いた手の平に、妙に熱っぽい手の平が重なる。
「宮地さん、俺このまま死んじゃったらどうしよう」
「バカか、ただの風邪だ」
 手の平を引き抜き、コツンと桜井の額を鳴らすと「またあとで来る」と部屋を出た。

「腹でも出して寝てたんだろ、どうせ」
 緑間はリビングを見渡し「風邪薬があったような」と呟く。
「お、緑間、出しといてくれよ」
 早々に食事を終えた高尾は「ごちそうさま」と消え入りそうな声で言うと食器を洗浄機に突っ込んで、さっさと自室へと戻って行った。
 高尾に言われたとおり、自然に振舞っている。高尾とはふざけたりはしないものの通常通り話すようになったし、もちろん桜井とも仲良くしている。緑間は言わずもがな。
 言い出しっぺの高尾が最も、ぎこちない日常を送り、桜井を避け、宮地との会話を積極的に減らしているように、宮地には感じられた。それは、緑間にも同じ感覚を与えていた。
「高尾、ぎこちないですね」
 しかしそれは誰でもない宮地の責任であるという事を、十分承知している宮地は、責めるに責める事ができないでいる。
「俺が中途半端な事言ったからな。殆ど俺の責任だ」
 少し硬くなった食パンに口をつける。香ばしさの向こう側にマーマレードジャムのほの苦さが広がる。緑間は食事を終えたにも関わらず、お代わりのアイスコーヒーを注ぐとテーブルに居残った。
「高尾の問に、宮地さんは答えたんですか?」
「中途半端に、な。どうとも取れるような返事しかできなかった」
 最後の一口のパンを、口に入れようとし、手を止める。
「高尾にとってみれば、結果は最悪って感じに受け取ったのかもな」
「宮地さんはどういう積りで返答をしたのです?」
 皿の角に、パンをコツンとぶつける。細かなパン屑が白木のテーブルへと姿を消した。
「どういう積りだったんだろうな。良くわかんねぇや」
 一口放り込み、咀嚼する。伏せた目で宮地の言葉を聞いていた緑間は、すっとその長い睫毛を上向けた。
「全く煮え切らないのだよ。答えは二つに一つですよ、宮地さん。どうしてそれを、高尾に伝えてやらないのだよ!」
 震える拳でテーブルを叩けば、アイスコーヒーの水面がぐらりと揺れる。
「そんぐらい分かってんだよ。自分も高尾も幸せになる結末はどっちなのか、なんて分かってる。でも、その一瞬の幸せの後にどん底に落ちたくないんだよ。分かるか? 俺達は男同士だ」
 拳を片の手の平で包み込むと緑間は、そこに顎を乗せ、目をきつく瞑る。バサと音を立てそうな睫毛が、閉じた目の回りを覆う。
「今が何より大切か、それともどうなるか見通しも立たない未来の方が大切なのか。宮地さんにとっては今のところ後者ということですね」
 ハンマーで後ろから殴られたような衝撃に、目を瞠る。どうなるかも分からない未来ばかりを気に掛けて、今は刹那的な性の快楽に身を埋めようとしていたのだ。眠っていた頭の隅が覚醒したような、不可思議な感覚に襲われる。
「何か、色々間違ってたような気がするわ」
 幾度か瞬きを繰り返した緑間は「自信を持って下さい」と零した。
「未来なんて自分の力でどうにでもなるのだよ。人事を尽くせばきっと未来は開ける。俺はラッキーアイテムに頼ってますが、これは今のためであって、未来のためじゃない」


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