ルームシェアフレンズ
20.

「セックスフレンドやめるって言ってたのが答えって事で、いいですか」
 そう性急に事を進めるな、と思う宮地の顔に見向きもせず、一人頷きを強める高尾は、再び顔を覆うと、小さく溜息を吐いた。
「これでヤり納めって事で。もう何かあっても俺を誘わないで下さいね。ご用命は桜井にどうぞ」
 片手を突いて立ち上がろうとする高尾の浴衣の裾を、ぐいと引く。「待て」宮地は一言言うと、岩場を手の平でトンと叩き、座るよう促した。
「返事、してねぇし」
 動きを止めた高尾は、「あぁ」と漏らし、再びそこへ腰を下ろした。
「なぁ高尾、俺さ、最近ずっとインポ気味でさ」
「はぁ?!」
 顔を思いきり顰めた高尾は、「嘘つき」と吐き捨てる。
「いや、さっきはきちんと機能したから、それで色々思うところがあってだな」
 頬を掻き、続く言葉を脳の中から探そうとするが、そう易易と手の平に入る言葉が見当たらず、波の音が増幅して耳に届く。
「何て言うか......」
「何ですか。何なんです?」
 怪訝な表情を緩めず高尾は、横目で宮地を見遣る。汚いものでも見るような目つきだった。月の傾きが大分変わってきた。そろそろ、と再び手を突き立ち上がろうとする高尾に「待て」と声が飛ぶ。
「インポだったけど、さっきは勃った。だから......」
「俺で病気完治ですね。それでセフレやめて、別の奴と心置きなくセックスするんですね分かります。じゃ、俺部屋に戻るんで」
 そうだ、高尾は宮地に一瞥もくれずに続ける。
「家の中では今まで通りの関係を続けてくださいね。真ちゃんに心配かけたくないし」
 そう吐き捨てると高尾は、ロープに手をかけ、そのうち岩場の影に隠れて見えなくなった。
 大仰に溜息を吐くと宮地はその場に横臥した。岩の凹凸に溜まる細かな海砂を指でつまみ上げ、少しずつ落としていく。
ー言えねぇよ。傷つきたくねぇし。
 手前可愛さに、高尾を傷つけている事は百も承知だった。それでも自分の欲求に素直になった途端、相手に拒絶される事が恐ろしい。だったらこのまま傷つかぬまま、高尾との関係を解消してしまったほうが良いのかもしれない。高尾に拒絶されること、それは宮地にとって存在意義を否定される事に等しいぐらい、高尾の存在が大きくなり過ぎていた。
 袂に仕舞った携帯に目を移すと、22時を回っていた。鈍く重い腰を上げ、尻についた細かな海砂を払うと、海から飛び出す尖った岩よりもずっと高い位置に上った満月を仰ぎ見る。陽の光を受けるその部分は昼間なのだと思うと、妙な気分だった。
 日光を受ける月は、輝くことを諦めていない。

「ただいま」
「おかえりなさい」
「おかえりなさい、宮地さん。布団は適当に敷いてしまったのだよ」
 押入れに面する端の布団には既に、高尾が寝そべってタオルケットを蹴っている。真ん中の枕に置かれているのは、緑色の携帯電話。
 溜息みたいに笑った宮地は、端の布団に携帯を投げ捨てると、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、口をつけた。考えてみれば、高尾と身体を重ねたことは数あれど、一つの布団ではもちろん、隣の布団で眠った経験すら無い事に気付く。
ーセフレなんてそんなもんだよな。
「帰りは俺の車、乗ってくよな?」
「あぁ、お願いしてもいいですか?」
「宮地さんの車、初めて乗るよなー」
 そういえば、真っ先に助手席に乗せようと思っていた高尾を、未だ乗せていなかった事に思い至った。
「助手席は高......」
「助手席にいっぱい土産買ってこーぜ! 桜井にも何か買って帰りてーし」
「土産など買わずとも、いつでも来られるのだよ、こんなところ」
 

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