ルームシェアフレンズ
15.

「しんちゃん、やっぱうまくいかねーわー」
 参考書から手を離すと高尾は、季節外れの毛足の長いラグに仰向けに倒れこんだ。
「勉強......の事ではないのか」
「勉強もうまくいかねーけどー」
 天井に向かって不満を吐けども、返る言葉など何もない。手の甲で瞼に蓋をする。
「あの人、何考えてんだろうな......」
 テーブルの向こうで見えにくい位置に沈んだ高尾に一瞥を遣り、「知った事ではないのだよ」と吐き捨てる。色恋沙汰に疎いように見えて緑間は、人の恋沙汰は目をつむっていても自然と分かってしまうものだと最近になって実感している。だからこそ、高尾と宮地の二人が下らない意地の張り合いで意固地になっている状況に辟易している。
「で、お前は宮地さんに歩み寄ろうとしたのか?」
「んや、目の前にしちゃうと何かな。邪魔が入ったりするし」
 わずかに下がった眼鏡の、フレームの無い部分から視線を飛ばす。「邪魔?」
「うん、最近は桜井とよく一緒にいるみたいだし。俺の入る隙ゼロ、みたいな」
 そういえば先日も桜井が宮地の部屋に入っていくのを目撃した、と緑間は思い出した。
 ブリッジを中指で押し上げるとひとつ、咳払いをする。ふぅ、と思わず現状を認識すると溜息も漏れた。
「結局、なんだかんだと理由を付けて、お前は人事を尽くしていない」
「出た、じんじすと」
「茶化すな」
 じとり、纏わる空気を一掃しようと緑間は立ち上がり窓を閉めた。意図を汲み取ったように高尾は寝転がったままテーブルへと手を伸ばし、リモコンを押す。電子音に続いて、それまでの熱を吸い取るような冷風が、部屋の中心に向け流入する。
「自分の思いを本当に分かってもらいたいのなら、邪魔立てが無い時間を見計らって何度だって訴えに行くべきなのだよ」
「んあぁぁぁぁ、確かにそうなんだよ? そうなんだけどさ」
 髪を滅茶苦茶に掻くと高尾は、言い淀む。高尾からの差し入れのお汁粉に一つ口を付けると、無言で先を促す。
「だってな、誰だって誰かに拒否されんの、怖ぇじゃん? 宮地さんに、お前なんてただのセフレだ、好きなんてこれっぽっちも思ってねぇ、なーんて言われてみ? 高尾ちゃん立ち直れないよ?」
 緑間は、まるで頭痛に悩まされるOLのように、こめかみに指を当てて目を伏せる。
ーあぁ、もどかしい奴らなのだよ。
「拒絶されるかどうかも分からないのだよ。初めからそうと決めつけていたら何も進まないのだよ。この状況を何とかしたいと思うのなら、動け、高尾。お前が自分で何とかする意思があるのなら、ある程度協力してやらなくもない」
 後ろ手を付きながら上半身を起こすと高尾は「協力?」と小首を傾げる。緑間は頷き、続けた。
「再来週の土日、桜井は実家に戻ると言っていた。この日を狙って旅行の計画を立てろ、高尾。宮地さんには俺から話しておく。宿の手配と場所の選定はお前に任せる」
 ふい、とそっぽを向く緑間の後頭部をじっと見つめる高尾に、更に吐いた。
「後は知らん」
 らしいや、そう感得し顔をほころばせた顔は、開いていた参考書をぱたり閉じると「サンキュ」と背中に飛ばした。
「ところで、何で桜井が実家に帰るって知ってんだ? あいつがそう言ったのか?」
「まぁ、そうだ」
 何かを取り繕うような顔をした緑間は、それを悟られまいと暫く背を向けていた。
 桜井がこの部屋まで来て、ありとあらゆる話をし、性玩具を取り出して自分を陵辱しようとした、等と恥ずかしい事を、言える筈がない。
 桜井の下半身は、底が知れない。


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