ルームシェアフレンズ
13.

「あれ、今日って高尾が飯当番?」
 玄関を開けて見えるオレンジ色のキッチンで、高尾は一人包丁を握っている。周囲を見渡せば、他の2人の姿はない。
「本当は桜井です。真ちゃんはこの土日、急に実家に帰ることになったそうで、桜井はでっけぇ荷物持って友達の家に泊まりに行きました」
 目も合わせようとしない高尾に「手伝う」と一言告げると、ソファに鞄をどさと置いた。
「じゃぁ俺、今味噌汁作ってるんで、宮地さんはサラダ作って下さい」
 顎で指し示す方向にあったレタスとトマトに目を遣り、「あぁ」と零す。二人の周囲だけ、空気の循環が止まってしまったようで、むっとした室温はエアコンによって適化されずにいる。手を伸ばし、レタスを一枚めくる。地割れを起こしたようにちぎれたレタスを更に小さくちぎり、大皿に盛る。
「ドレッシングは何がいい?」
「別に何でも」
 冷やりとした返答に喉の奥が詰まったようになった。それを何とか飲み下すと、トマトを切るために包丁へと手を伸ばす。と、同じく手を伸ばした高尾と、タイミングが同期した。
「どうぞ、先」
 顔も見ずに手の平でヒラリあしらわれる。空気の循環の悪さに高尾も気付き始めたのか、エアコンのリモコンに手を伸ばし、操作している。電子音の後、換気扇にも負けないぐらいの稼動音を響かせ、エアコンはせっせと労働を始めた。
「あとは、何作る」
「肉焼くだけなんで、もういいです」
 心の底から冷えきった言葉に為す術はなく、やや肩を落とした宮地は、ソファに腰を沈めた。
ー超居心地ワリィ。
 身を委ねたソファさえも、堅く刺さるような感覚に襲われる。このまま一晩、このぎこちない空気の中で二人、過ごす事に不安しか無い。
ー食ったら速攻で風呂って寝よ。
 この状況から逃げ、一晩経てば桜井も帰ってくるだろう。
ーいや、待て。デカイ荷物?
 一晩で帰宅するのだろうか、脚組した宮地は考える。

 無言の食卓で食事を済ませると、後片付けは宮地が全て行った。残りの家事を分担すると、早々に部屋へと戻っていった高尾の後ろ姿を、ぼんやりと見送る。
 このまま卒業まで、この空気を維持したままの生活を送るのだろうかと、宮地は一抹の不安を覚える。和解したい、そう告げたところで彼は受け入れない。自分が彼に、どういう態度でどう言ったら、彼を笑わせることができるのか、答えは近場に転がっていなかった。
ーアイツを笑わせる? 何で俺がそこまで気を遣う?
 生じた疑問は脳内を駆け抜ける。宮地を避けている高尾を、あえてこちらに振り向かせる必要性があるのか、と宮地は至った。嫌なら近づかなければ良い話。
ーそう簡単に片付けられたらいいのにな。
 彼と和解するための僅かな可能性を捨てきれない自分に、苦笑する。結局自分はどうしたいのか。わだかまりを抱えたままで、この距離の生活を続けることは不可能だ。緑間や桜井にだって迷惑になるだろう。

 結局、翌日の夜に桜井が帰宅するまで、まるで冷戦状態の夫婦のように、何ら会話のない二人の空間は継続した。


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