ルームシェアフレンズ
1.

「風呂洗ってねぇの誰だよ」
「俺ではないのだよ」
「ボクでもないですすいません!」
 三人の視線の行方に共通する男がへらり笑う。
「俺しかいないっすね」
 溜息と共に宮地の口から鉄槌が下る。
「罰金五百円」
 頭を抱えた高尾は素っ頓狂な声を放った。
「また俺かよ! 俺ここに来てから幾ら罰金払ったと思ってるんすか」
 夕食のシチューを口に運ぶ緑間は、ただ淡々と告げる。
「他の誰も罰金を払ってないという事実を鑑みるのだよ高尾」
「すいません! 罰金払ってなくてすいません!」
 場違いな謝罪にも慣れたもので、このメンバーでルームシェアを始めてから早半年が経とうとしている。西洋風の古びた一軒家を所有する桜井の両親が、格安で学生に貸し出してくれているのだ。
 同じ大学のバスケ同好会の好で声が掛かったのが、高校時代から顔見知りだった宮地、高尾、緑間だった。
「とりあえず、飯食ったらすぐ風呂掃除な。あと今日の食器洗いは高尾だよな。しっかりやれよ高尾」
 年長者の宮地がそう言い放てば逆らえるわけもなく、シチュー皿に盛り上がるジャガイモをメタメタに潰すという腹癒せはあまりにも稚拙なものだ。
「高尾君、ボク手伝うから、風呂だけ洗ってくれればいいよ」
 眉尻を下げた桜井が気遣えば、緑間が辛辣な言葉を飛ばす。
「桜井、甘やかす事はないのだよ」
 二杯目のシチューを腹に入れ終えると宮地は皿に水を張り、自室へと戻った。

 講義資料がばらまかれた溺れそうな狭い部屋の、ベッドだけは辛うじて必要最低限の荷物だけを抱えている。自身が眠る時に困らないようにする事は勿論の事、もう一つ、理由があった。
「宮地先生っ、入っていいっすか」
「風呂は洗ったのかよ」
 問いにも答えず開かれた水色の木製ドアは、蝶番がギギと鳴き、「まだ片付けてないんすか」と呆れる高尾は書類の合間を爪先立ちで渡り歩く。数歩歩けば、枕とタオルケットだけの空間に辿り着く。
「はぁ、ちょー散らかってますね。俺が彼女だったら毎日片付けに通いますね」
 スプリングで態とらしく跳ねた高尾と同期して、宮地の身体も揺すられる。
「で、今日はどの講義だ?」
 手に持つ資料集にちらり目をやった。いつもならここで一時間程度、高尾の復習に付き合うことになる。大学三年になり、自身の研究題材についての下調べにも忙しい宮地だが、高尾の復習に付き合う事に面倒さを感じてはいなかった。卒論に関しての作業効率は悪くないと自負しているし、学業に関してもこれといって問題がない。大学の図書館で毎日一時間ほど時間を割けば、下調べなど間に合ってしまう。それにーー
「宮地さん、今日は勉強って気分じゃないんだけどな、俺」
 上目に見つめる高尾の表情を見れば、身体中の血液が顔面にせり上がり、思わず枕に顔を埋める。「宮地さん? してもいいでしょ?」
「風呂は洗ったのかよ」
 くぐもった声の半分も耳に入れぬまま高尾は、宮地の身体に覆い被さった。
「一緒に入れないのが残念ですね」
 枕に突っ伏した宮地の白いうなじを、高尾の舌が這い回る。髪に指を通した高尾の掌は、宮地の顔を仰向けた。
「超エロい顔」
「高尾、ちんこ当たってる」
 舌舐めずりするとそのまま宮地の唇に吸い付き、深く舌を挿しいれる。口内で縦横無尽に泳ぎ回る二人の舌は唾液を絡らめながら互いを刺激しあった。
「宮地さん、いい加減俺の恋人になってくださいよ」
 上気した頬を更に色濃くした宮地は吐き捨てた。
「何で男と恋人の誓いを立てなきゃなんねぇんだよ轢くぞ」
「俺とこんな事してるくせに」
 スウェットのウエストに差し入れられた高尾の掌は、そこに当たる温かいものを捉え、扱き始めた。
「ん ……高尾まだ、はや……んァ……」
 すっかり露わになったそこに儀式のように口付けると高尾は、その静けさとは真逆に激しく吸い立てる。
 枕で顔を覆い、声を殺す。然れども快楽は下半身から否応無しに襲いかかり、嬌声はくぐもっていてもそれと分かる程。身を捩る宮地の腰を片手で掴むと、もう片手指を後ろに這わせる。
「うわぁ、宮地さん、ここヒクヒクしてる。欲しいんでしょ?」
「お前の外道ちんこなんかお断りなんだよ」
 ニンマリすると根元をガシと掴み、宮地の後ろへあてがう。すっかり慣れたそこに体重を徐々に掛ければ、宮地の口から長い吐息が漏れ出した。

「宮地さん、好きっすよ」
「ん、そ」
 素っ気ない返答に別段傷つく訳でもなく、高尾は指に引っ掛けた宮地のボクサーパンツをくるくると水平に回し始める。
「返せバカ」
「恥ずかしいんですか? ちょー可愛い、宮地さんちょー可愛いっすよね。マジ恋人になっ」
「断る」
 ふんっ、鼻を鳴らせば高尾は使用済みコンドームをティッシュにくるみ、部屋の片隅にある屑篭へシュートした。
「俺とお前はセフレ。そう約束したはずだ」
 流石にその言葉の響きには痛む感覚があるらしく高尾は、僅かに顔を曇らせ、口を尖らせる。
「セフレって事は、俺の他にもいるって事っすか?」
 大きく伸びをし、高尾から分捕ったボクサーパンツを履きながら、「そうだな」と続けた。
「セックスは嫌いじゃねぇしな。そこそこ好きな奴となら、しちまうかもな」
 内心を隠し通そうと高尾は顔を背けると、物言わぬ水色のドアが目に飛び込んでくる。暗澹たる気持ちを内に込めると、一つ、笑みをこぼして見せた。
「宮地さん、マジビッチっすね。天使」
「ビッチな天使がいてたまるかよ。俺風呂はいるからそろそろ部屋戻れよ」
 参考書類を突きつけられた高尾はなす術なく、急いでTシャツを被ると、軋む水色の扉を抜け、自室へ戻った。

 正直なところ、宮地には「恋人」というものがわかり兼ねていた。高尾のことは勿論好きだが、それ以上も以下でもない。それは緑間の事が好きとか、桜井の事が好きという事も同列だと思っている。だから、彼らに体を求められれば、受け入れる事は容易だ。
 しかし何故だろう、高尾とセックスする時の高揚感は、恐らく他では味わうことが出来ない、そんな風に思えるのだ。
 身体から始まる恋愛が、果たしてあるのだろうか。


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