MONDAY NIGHT
 大学一年の家庭教師が来ると聞いて、何だ一歳しか歳が違わないじゃねぇかなんて親に突っかかったりしたけれど、歳が近いなら近いなりにうまくやっていけるような気がしていた。

 階下のインターフォンが鳴り、母親の大仰な足音とともに玄関のドアが開く音。「こんにちは」というハキハキとした声は非常に好印象で、男にしては幾分声が高いな、などと思いながら、さして広くもない部屋を横切る。襖を開ければ、階段の下から覗く向日葵みたいな髪色が印象的で、階段を一段上がれば両に分けた髪の下から覗く額が見えた。もう一段上がればーー

「あ、え?」
「やっぱりな」

 191cmの家庭教師と193cmの生徒が、四畳半の狭い部屋で座卓を挟んで向かい合う。冬とはいえ、暖房で温めた部屋の中はジワリ汗をかきそうな程に密度が高い。
「いやぁ、若松ってこうすけって名前なんだな。俺全然知らなくて、でも桐皇の若松って聞いてたからあっれぇー? って思ってたんだよなー」
 ストイックで、生真面目な印象を覆す程に軽々しい語り口で話す宮地さんは、机に広げてあった問題集の1ページを指差し「ここやって」と放る。
 暫くストーブの方へ身体を向けて、両手を翳しながらしぃしぃと歯間から音を漏れ出させ、迷惑極まりなかった宮地さんだが、手がある程度温まって安心したのか、こちらへ向くと、俺の進捗をちらと覗き見る。
「若松さぁ、結構おべんきょ、出来るだろ?」
「んまぁ、今吉さんには及ばないですけど、青峰よりは確実に」
「比べる対象おかしいから」
 クスと笑い、何かブツブツつぶやきながら、軍仕様のカーキのリュックから一冊の本を取り出した。俺は半分手付かずの問題に鉛筆を滑らせる事に集中し、周辺視野にやたらと入ってくる宮地さんを頭の中から追い払った。
 が、本当に落ち着きがなくて、持っている本を持ち上げたり、座卓に置いたり、水平に持ち上げたりと忙しい。
「宮地さん、集中できないんすけど。何すか、その本」
「んぁ? みゆみゆの写真集」
 表紙を開いたそこには、アイドルという名に相応しい女の子が、きわどい衣装でポーズを決めていた。ふと思い出す、青峰の事。
「青峰と同格っすよ」
「何が?」
 鉛筆を問題集から持ち上げると、彼の手にある本を指した。
「それ。青峰なんてしょっちゅう、グラビア写真集見てましたもん」
 すると宮地さんはパタンと閉じた写真集の表紙をこちらへむけ、矢庭に膝立ちになる。俺よりも随分と目線が上に行くことによる圧迫感は相当のものだ。
「あのな、みゆみゆの写真集はグラビアじゃありません! みゆみゆはスケベの対象じゃありません! みゆみゆはアイドルなんだよ、覚えとけ。殴んぞ」

 1ページ目の問題を解き終え宮地さんを見やれば、写真集をほぼ真下から、角度を変えて覗き見る彼の姿があった。
「下から見たって、みゆみゆのパンツは見えませんよ」
「な、は? 意味わかんねーし。何かページが歪んでるっぽかったから見ただけだし」
「宮地さんの手汗かなんかが染みたんじゃないですか?」
「っざけんな、汗掻くほど興奮してねぇし! てか轢くぞさっきから」
 肩で息をする彼は、俺のペンケースから赤のボールペンを抜き出すと、逆さまの問題集を逆さまのままざっと見渡し、採点を始める。やはりこの人、頭脳明晰って話は本当らしい。
「ん、んー、ん、うん。すげぇな、全部正解。じゃ、次」
 捲った次頁を指差せば、再び手にした写真集を開き、ブツブツと、耳障りな声を出し始める。
 三割程を解き終え、す、と視線を移せば、座卓に写真集を広げ、パノラマで撮られた海岸での写真に魅入っている。
「宮地さん、大学の参考書読むとか、勉強するとか、他にないんですか、やること」
 ぐっと背を反らせ、伸びをした宮地さんは徐に立ち上がると窓際へと歩み出て、白いレースのカーテンを開いた。結露に曇るガラス窓に人差し指を滑らせれば、読みやすいカタカナを縦に並べる。
「は?」
 怪訝な顔で見つめる間にもその文字は新たな結露で白く覆い隠されていく。じと、と濡れた視線を垂れ流す彼の瞳に釘付けになる。窓の文字が大凡白で覆い隠された頃、宮地さんは俺を背後から抱き包み、耳元に生暖かい息を吹きかけた。ぞわり、粟立つような感覚に、しばし目を瞑る。
「何……してんですか」
 耳元にあった彼の唇は、俺の首筋を軽く吸いながら下方に移動し、ボートネックから覗く鎖骨の辺りに、少し強く歯を立てる。
「宮地さん、何してんすか」
「だから、俺のしたいこと」
「は?」
 宮地さんは一層俺を強く抱き、耳介に舌を這わせたかと思えば素早く、耳孔に舌を差し入れる。弄られるような感覚と、彼の唾液が跳ねる音が脳を伝わり腰の辺りを刺激し、辛い。無意識のうちに自らの息が荒くなり、肩から回された彼の腕を、ぐっと握りしめる自分がいる。
 吐息が直に吹きかかる距離で、宮地さんはこう言った。
「お前と、せっくすしたい」
 彼の潤んだ瞳はまるでテレビドラマに出てくる娼婦の瞳みたいだった。理性なんてものはかなぐり捨てて宮地さんへと向き直ると、貪るように薄紅色の唇にしゃぶりついた。

 あとは、覚えていないんだ。快楽に沈み込み、溢れ出る嬌声を互いの手の平や唇で封鎖し、小さく笑いあったことは、なんとなく覚えてる。
 宮地先生が、手とり足取り教えてくれるから、これから毎週月曜の夜は、しっかりと授業をうけないとな、なんて思う。