輝度
 蒼く広い夜空に、小さな星が力強く輝くのは己の力か、はたまた太陽の仕業か。
 空虚な昼空は太陽を追い求め、それでも太陽は星を照らし続ける。
 掴もうとしても零れ落ちる君の手を、為す術もなく傍観するしか無かったのだ。

      *

 気にしていなかったといえば嘘になる。視線を集める翡翠色の髪は、いつでもコートの中心を行き来し、崇められるように頼られ、そして期待に応える翡翠色は、更に輝きを増す。それはまるで夜空に輝く星のようで、対して俺は別次元に広がる空虚な空でしか無かった。空虚な俺は、別段需要のない実態故、コートから引きずり降ろされないよう必死だ。無様だ。
 翡翠色が橙を放ればそれは完璧な結末の知らせ。薄汚れた網を揺らす音も微かにしか聞こえない程の完成に、俺は背を向けて対角線を戻って行く。そうだ、俺だって翡翠色を頼っているし、信用だってしている。だからこそ、背を向ける。
 と、予期せぬ事が起きた。ネットを揺らす音より先に、鈍い音を耳にしたのだ。隣のコートの面々までもが息を呑むの。体育館の中、一瞬酸素濃度が下がったようにも感じるその雰囲気は、これまで感じた事の無い様であった。
「どうした、真ちゃん?」
「緑間、珍しいな」
 我がエース様は絶対だから、シュートを外すなどという事は起こり得ない。皆が信じて疑わない事実なのだ。緑間は膝に手を突いて、荒く息を吐出している。
「すみません。手元が狂いました」
 振り向いた頃には、コート内はいつもの活気を取り戻し、俺は急いでオフェンスについた。

「珍しい事もあるもんだなぁ、真ちゃん」
 ロッカールームで高尾が漏らせば、皆が緑間に注目の視線を浴びせ、返答を待つ。俺はまるで反抗期のクソガキみたいに、態とらしく視線を反らし、いつもは乱雑に仕舞いこむ練習着を、ここぞとばかり馬鹿丁寧に畳み始めた。
「テーピングが緩んでたとか?」
「そんな事はないのだよ」
「どっか痛いとか?」
 刹那、動きを止めたらしい空気に、思わず俺も視線を奪われる。次の瞬間に緑間は、器用にテーピングを外し始めた。
「言い訳などしたくないのだよ」
 俯いた緑間は膝元に視線を落とし、何か考えている態だ。
 いつも通りに彼は緑間の肩に軽く手を触れ、まるで恋人同士が頬を寄せるように会話する。それは毎日の事であるから、もう他のメンバーは気にしていない。だが俺は、その行為が気に入らずに目を背ける。胸の中に渦を巻くどす黒い感情は、日に日に色を濃くし、ふと気づけばそんな感情に対し自己嫌悪に陥るのだ。
 高尾は、緑間のもの。
 ここでは当たり前の「真実」なのだろう。太陽と星は一蓮托生。それだけでも眩しいぐらいに光る星は、太陽があるから輝きを増すのだから。空虚な空は、ただ太陽を浮かべるだけ。

「最近、真ちゃんのシュート、精度が低いんですよね」
 登校途上走り寄ってきた高尾が、挨拶から矢庭にこんな事を言い出すので、俺は思わずそれとは分からない程度のため息を吐く。俺はお前の話がしたい。しかしそのような事が言える筈もない。緑間の話題を聞き流そうとすれば高尾は「聞いてます?」と顔を近づけ覗き込む。こうした無意識的な彼の行動が、俺の鼓動を早める原因になる事に、彼が気付く訳もない。
「何だろな。スランプってやつか?」
 ラッキーアイテムさえあれば人生が完璧に進む緑間の事など、俺には理解できない。思い付く事と言ったら、一般人には極々頻繁に起こる「スランプ」しかない。
「真ちゃんに限って、スランプねぇ......」
「誰だってあんだろ、そんなもん」
 小首を傾げる高尾の脳裏には何が浮かんでいるのだろうか。人並み外れた能力の持ち主である緑間の不調は、人並み外れた理由だとか、飛躍した思考に至っているのかもしれない。
 緑間だって、一人の人間なのだ。スランプもあれば、怪我だってあるだろう。

(サンプルです)