VOICE
「誰のスマホや、これ」
 ロッカールームの鍵を閉めようと、今吉さんと戸締まり確認をしていると、バイブとともに明滅する光。橙のカバーを身に纏ったスマートフォンは、着信を告げている。
「さぁ、誰のでしょ」
 表にすれば、見覚えのある名前。
「高尾君?」
 電話の向こうから聞こえるのは、どこかへらついて軽々しい声。一時間ほど前までこの体育館で合同練習をしていた、秀徳の高尾君だった。
「あ、その声は桜井君? あのね、うちのオッチョコチョイのツンデレの先輩がそっちに電話を忘ーー」
「もしもし宮地だけど、桜井?」
 唐突に聞こえてきた、あの人の声に刹那、息が止まる。
「さ、桜井です、ボクでスイマセン......」
「いや、別にお前でいいし。今からそっちに取りに行くから、いいか?」
 秀徳から桐皇まで一時間。それから自宅へ一時間かけるより、秀徳に近い自宅に向かってボクがスマホを届けに行く方が、効率的だと考え、それを電話越しに伝えれば宮地さんは、「おおおお、お前んち秀徳に近いのかよ!」と話が変わる。
「えぇ、歩けば四十分ぐらいですけど、こちらに来ていただくよりはいいかと......スイマセン! 出すぎた真似をスイマセン!」
「別にいいし。じゃ、俺門の前で待ってるから。悪いな、手間かけて」

     *

 門柱に凭れるようにして立っていた宮地さんは、ボクに気づくと大きく手を振る。試合中にはなかなか見せない大きな笑顔を見て、へぇ、この人はこんな風に華やかに笑うんだ、とまた一つ、彼に関しての知識が増える。
「スイマセン! 寒いのにおまたせしてスイマセン! これ、スマホ」
 手渡したスマホは、ボクがずっと握っていたせいで、随分と温度が上がっている。
「暖かけぇな、ホッカイロかよ」
 ぼそっといいながらそれをポケットに仕舞うと、傍らに止めてあったタウンサイクルのスタンドを蹴った。
「送るよ。乗ってけ」
「え、あ、いや、そんなボクみたいなあの、クズが宮地さんの後ろにだなんてあの、スイマセン! 歩いて帰りますから!」
「いいよ、来てもらった礼だから。それに」
 ちら、とこちらを見やった視線は、作為的なのか、それとも。
「こういう寒い日は、くっついて乗った方が暖かけぇだろ?」
 テレビショッピングで見たゴールデンサファイヤに似た美しい瞳は、どことなく揺れて、それでいて冷たくすっと離されると、手を伸ばしたくなる衝動。
 どうしてこの人はこうも、綺麗なんだろう。

 自転車に跨ると、手の行き場を探した挙句、後部座席の端をぎゅっと掴むことにした。
 発進直後、ぐんと加速した物理法則に着いて行けず、彼の背中に強かに顔をぶつける。
「あ、俺運転荒いから、腰掴まってろ。落ちるぞ」
 あ、それから、と付け足すと、着ていたダウンを脱ぎ、ボクの肩に掛けた。ふわり、纏う暖かさは、彼の体温。どこかボクとは違う匂いに、身体の奥がじんとする。
「自転車って寒いんだよ。俺は慣れてるからいいけど、それ、着て」
 有無をいわさない態で自分は鞄から取り出したカーディガンを引っ掛けた。
「寒いったって、まだ秋だからな。俺はこれで十分」
 そう言ってサドルに跨ると、左右の両腕を挙げている。
「ほら、早く掴まれ。出発すっぞ」
 肩から掛けられたダウンに腕を通し、彼の腹部に腕を回す。
 きっと柔軟剤の香り。カーディガンで顕になった首筋に沿うように流れる蜂蜜色の髪。
 座ってしまえば然程身長差を感じないところを見るに、彼は随分と脚が長いんだろう。
 温かい背中。胸の鼓動はきっと背中に伝わるから、一つ一つを確かめるように強く打つボクの鼓動はきっと、宮地さんに伝わっている。呼吸で上下する彼の腹部も、ボクの両の手に伝わっている。
 もっと触れたい。華奢なのにまんべんなく付いた筋肉質のお腹だけでは、物足りない。
 もっと、触れたい。色々な、ところに。
 衝動は抑えられるわけもなくて、「スイマセン!」そう免罪符を口にすると、手は結構不随意に動くものだ。
「ちょ、何やってんだお前!」
 随分と無意識のうちに触れていたのは、宮地さんの下半身。
 すっと撫でれば、自転車はぐらりと揺れて、片の腕でしっかり彼の腹部を抱き締める。
「どこ触ってんだよ変態!」
 焦りを丸出しにする宮地さんの声に対して、少し意地悪な思考が働いて、肩越しに身を乗り出して彼の顔を確認する。
 頬を赤くして、くりっとしているはずの瞳がどこか引きつっているようで、可愛らしい、そう思えば再び、ボクの右手は彼の暖かな部分を這う。
 ファスナーを下ろす感覚が指先を小刻みに揺らし、手を挿し入れたそこは僅かに隆起している。
「おい! 下ろすぞ!」
「今、自転車止めて周りの人に気づかれたら、恥ずかしいですね。走ってた方が、ばれないんじゃないですか?」
 最下方までボタンを閉じたカーディガンのせいで、ボクの手元は隠れている。宮地さんは大きな溜息でも吐くみたいにわざとらしく声を漏らすと、再び前を向いた。
 暖かい。隆起に指を這わせ、撫でる。少しずつ、ビクつきながら、隆起は大きくなっていく。その度に、揺れる自転車。その揺れがまた、ボクの手のブレを大きくする。
 彼の肩に、顔を寄せる。風が吹き抜ける音の中にも、彼が唾液を飲み下す大きな音が漏れ聞こえる。
 白くて女性のような首筋に、薄っすらと口づけをする。それから舌先で、首筋をなぞると、規則的に排出されていた彼の呼気が、刹那、詰まる。
「ちょ......マジかよ......」
 硬くなった彼のその先端に親指を擦り付ければ、じわりと滲出する体液は粘性を帯びていて、あぁ、口付けたい、更に親指を擦り付ける。
「なぁ......降りたらぶっ飛ばす、ンッ! 」
 信号のない住宅街。ノンストップで進む自転車。ボクの家まで後、半分はあるだろう。少し腰を浮かせ、態とらしく宮地さんの耳元まで口を伸ばすと、囁くように言った。
「凄く、硬くなってますよ。苦しいって言ってます。自由にしてあげましょうか?」
 再び身を乗り出して彼の顔を見るに、宝石色した彼の瞳はあから様に潤んでいて、ボクと視線がかち合うと、すっと外された。
「恥ずかしい、ですね」
 もっともっと、聞こえるギリギリの声で囁やけば、彼は一つ身震いをした。その可愛らしさに、ボクの下半身もぎゅっと硬くなる。
 ファスナーの隙間から、器用に下着を下げると、随分と熱を帯びたそこが顔をのぞかせる。ずっと親指で撫でているから、体液は出っぱなし、直ぐ様カーディガンの裾を汚した。
「うわ、すごい。もうカーディガン汚れちゃいました。宮地さん、いっぱい出ますね」
 何も言わず、俯き気味に自転車を走らせる宮地さんを覗き見て、羞恥に頬を染めていることは明らかだった。
「ここにボクがキスしたら、もっと濡れてくれますか?」
 耳元に寄せる声は割合苦手らしく、首を傾げるようにして声を遮ろうとしているのが本当に愛らしくて、ボクは執拗な程に声をかけ続けた。
 親指をしっとりと濡らす体液を、絡めとるとカーディガンの下から手を抜きとり、宮地さんの目の前に突き出す。街灯を反射する体液を見て、彼の顔は硬直した。
「これ、舐めてもいいですよね?」
 しっかり彼の腹部に手を回したまま、片の手を口に運ぶ。咥え込み、唾液を搦め、吸い取ると、まるで濃厚なキスでもしているような、じとっとした水音を彼に耳に届かせる。
「桜井......ああのさ、俺も一応、そういう......エロいのとか好きだから、興奮させんな」
 再び彼の根元を握ると、さっきよりも随分としっかり起立して、存在を誇示している。
「宮地さんばっかりズルいな、ボクだってずっと勃ってるのに。凄く、痛いですよ。先っぽから、汁が漏れてるんです。宮地さん、綺麗にしてくれますか?」
 言いながら、彼のそこを握って扱くと、自転車を漕ぐのとは違う、息の粗さを感じ取る。俄に下がってきた外気の中に、彼の生ぬるい吐息が白色を描き続ける。
「ねぇ宮地さん? ボク、我慢できなくなってきちゃいました。宮地さんのここ」
 サドルにまたがる腰の下、指を差し入れるとゆっくり、撫で上げた。
「ここ、欲しいな。ここにボクの暖かいの、入れさせて欲しいな」
 扱く手を少し激しくすれば、息の中に性的な喘ぎが混ざるようになった。
「桜、いっ......ンあっ、はぁあ、はぁ、覚えてろあッ......ぜってぇボコる」
「もうすぐ、着いちゃいますね。宮地さん、このまま帰れますか?」
 駆け抜ける風の合間に、激しく扱く水音が漏れて、宮地さんから漏れだしている体液の多さを伝える。自らの手がどれほど汚れようと、ボクは手を動かすのをやめなかった。
「宮地さん、ボク、宮地さんの事好きだったんです。だから、ね? しよ?」
 門扉が見えてきた。ファスナの中に彼のモノを仕舞いこむと、再びジッパーを上げた。急ブレーキに、ボクの身体は大きく前傾し、それを利用してボクは、宮地さんの肩に両腕を回す。唾液を懸命に飲み下しながら、喘ぎ声を抑えながら紡がれる吐息は心地よく耳に響き、ボクは一層興奮して、彼の耳に少し触れるほどの距離に、唇を運ぶ。
「今日、誰もいないんです、ボクんち」
 言葉を発するたび、ボクの唇は宮地さんの耳を這うように動き、やはり彼は耳が弱いのか、首を傾げるようにして悦楽から逃れようとする。
「可愛いですね」
 言い残して、ボクは門扉を開けると、開け放ったままで玄関のドアを解錠した。
 振り返り、あざといと言われるだろうギリギリの笑みで手招きをする。宮地さんは下唇をぎゅっと噛み締め、その色が無くなった頃、自転車のスタンドが下がる大仰な音と共に、彼は駆け寄ってきた。

 蹴飛ばすみたいに靴を脱ぎ、二人手を繋いで階段を登る。右の部屋のドアを蹴破る勢いで開くと、目の前に広がるベッド。
 彼をベッドへ突き飛ばすと、我慢していた分を吸いとるみたいに、彼にまたがって長く長く、濃厚で堕ちるようなキスをした。