満月に駆ける夜想曲
一 宮地清志

「ホモ狩り、ですか……」
 炬燵に足を突っ込んだ桜井が、俄に目を見張った。その言葉に、過敏になるのも無理は無い二人の関係だから、仕方がない。
「あぁ、最近大分過激になってきてるらしい」
 男性の同性愛者を狙った「狩り」。最近、都内で発生しているらしく、その根源は掲示板サイト。同性愛者を見かければその住所を特定し、執拗な嫌がらせ、粘着、暴行を行うなど、現在までに被害は拡大の一途だという。
「人ごとだって考えたいけど、まぁ、人ごとじゃないよな」
 ラップトップのマウスを軽くスクロールさせ、素早く目で追う。そこに見知った名前はなく、ほっと胸を撫で下ろす。
「とりあえず今のところ、ここに晒されてるような事はないな。何にせよ、外を歩く時は用心だなぁ」
「すいません! ボクいつも、ドアの所で宮地さんにチューせがむから、すいません!」
 苦笑し、炬燵の中で重ねた脚を軽く蹴飛ばせば、桜井はバランスを崩して後ろ手を突いた。
「さすがにそれっぽっちで晒されるような事はないだろ。あんま心配すんな」
 ブラウザを閉じると、下方に吸い込まれた画面の裏、PCの壁紙には二人で撮った写真がある。僅かに頬を緩め、スリープモードに切り替えた。
「もうすぐ一年か」
「そうですね」
 足を突っ込んだまま、上体を倒す。安い蛍光灯の黄色っぽい光でも目に眩しく、思わず手をかざす。その手の中に、一年前の桜の一日を想起した。

     *

 何の躊躇いもなくその言葉は、舞い散る桜の花びらとともに飛び込んできた。
「好きになったんです!」
 思わず眉を顰めた俺の顔なんて見えていなかったのだろう、拳を更に強く握りしめた桜井は、語気を強めて再度。
「好きになったんです! 本気です!」
 その剣幕は相当で、顰めていた表情が申し訳ないぐらい、真剣な彼の目つきに射抜かれる。
「待てよ、ちょっと待て。俺、男だぞ? おかしくねぇか? ホモでもねぇぞ? フェイスブックの恋愛対象は男だぞ?」
 すると彼は俺に一つ歩み寄り、ぐいと手を差し伸べた。その手の平に、舞い散る桜色が掠め、踊る。
「男だって女だってホモだってなんだっていい。ボクは、宮地さんっていう人に惚れたんです!」
 例え俺が女だって、外国人だって、同性愛者だってそうじゃなくたって、「俺」という人物に惚れてくれているという事実はさすがに嬉しく、照れ臭く、人差し指で頬を掻く。その手を、降り注ぐ桜の雨の中ずいと伸ばすと彼の手の平に少し、触れた。刹那、痛い位に強く握りしめられた手は腕ごとぐっと引き寄せられ、気づけば桜井の腕の中、強く抱かれていた。
「こんな事しか言えなくて、すいません」
「いや、びっくりしたけど、嬉しいよ、すっげぇ」
「すいません、すいません、ほんっと好きです」
 肩に置かれた彼の口から飛び出す言葉は少しくぐもって、それでも言葉の振動は身体から伝わり、脳に響く。おずおずと伸ばした腕を俺は、遠慮がちに彼の腰へと回し、しっかりと、抱きしめた。

 春の風が凪いで、桜の雨が降る四月の或る日の事だ。